静岡地方裁判所沼津支部 昭和45年(ワ)123号 判決 1972年7月15日
原告
飯田順一
外二名
右原告三名訴訟代理人
小島成一
外二名
被告
日本国有鉄道
右代表者
磯崎叡
右訴訟代理人
田中治彦
外七名
主文
原告三名の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告(請求の趣旨)
(一) 被告に対し、原告飯田順一は指導員たる地位を有する電車運転士として、原告小川文雄、原告池谷藤雄はいずれも指導員たる地位を有する電気機関士として、それぞれ労働契約上の権利を有することを確認する。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
二、被告(請求の趣旨に対する答弁)
主文同旨
第二、当事者の主張<以下略>
理由
一、被告が日本国有鉄道法に基づいて鉄道事業を経営する公共企業体であること(以下国鉄ともいう。)、原告三名がいずれも被告に雇傭され、静岡鉄道管理局(以下静鉄局ともいう。)沼津機関区に勤務する職員であり、又被告の職員で組織する国鉄労働組合(以下国労という。)の一員として静岡地方本部沼津支部沼津機関区分会に所属する者であること、原告飯田は運転関係職員の職制及び服務の基準(以下服務基準という。)第七条に定める電車運転士、原告小川、同池谷は右服務基準第五条に定める電気機関士であつていずれも乗務員の技術指導の担当を命ぜられていたものであるところ、被告は昭和四四年一二月六日原告三名に対し右指導担務を免ずる旨の発令を行なつたことは当事者間に争いがない(原告の主張によれば、指導員たる地位を免ずる旨の発令を行なつたとあり、被告はこれに対し、指導担当を免ぜられたとの表現が正しいと主張するところ、弁論の全趣旨からすれば原告が特にこの点を争つているものとは解されない。)。
そこでまず原告主張のような確認の請求の可否につき考察する。
<証拠>によれば電気機関士、電車運転士の中で特に命ぜられた者は乗務員の技術指導を行なうことが服務基準第五条第七条に明記され、これを受けて静岡鉄道管理局動力車乗務員指導基準規程第二条第四号には、服務基準五条七条によつて乗務員の指導担当を命ぜられた者を指導員という旨定めていることが認められ、指導員が指導助役の業務補助、運転技術の実地指導をなすほか、右基準規程第六条第八条に定める職責を有することは当事者間に争いがなく、右六条八条によれば更に指導員は転入乗務員に対する実地指導を行ない、添乗の都度添乗指導報告の提出をなすものと定められ、<証拠>によれば職場内教育基準規程第一一条は指導員を幹部職員に含めているものと認められる。
右の事実によれば被告の業務組織において指導担当を命ぜられた者は指導員と称され、一般の電気機関士、電車運転士にはない諸々の職責と権限を与えられ、職制上も一般の電気機関士、電車運転士より上位にある者としての扱いを受けていることが認められるから、指導担当を命ぜられることはそれにより指導員という上位の地位を取得することになるとみて妨げなく、被告主張のように指導担当を命ぜられた者と然らざる者の間には単なる担当業務の差異があるにすぎないと考えることは前記服務基準並びに指導基準規程に照らし正当でない。従つて指導担当を免ぜられることは即ち右の地位を失うことに帰するから、故なく指導担当を免ぜられたと主張する者が被告に対し指導員としての地位にある旨の確認を求めることは法律上許されるものというべきであり、被告主張のように、それによつて右の者と被告との法律関係に何等の影響も受けないとして確認の対象とはならないかの如く解するのは誤りというべきである。
してみれば原告の本訴は適法であるから次に本案について判断する。
二、被告が原告三名に対し指導担務を免ずるに至つた経緯として当事者間に争いのない事実は次のとおりである。原告三名の所属する国労は動力車労働組合(以下動労という。)と共に、EL・DLの運転乗務員から助士を廃止して一人乗務にするという被告の合理化案に反対し、その目的等のため両組合は昭和四四年一〇月三一日から沼津機関区の所在する沼津地区等を拠点として争議行為に入ることになつた。
一〇月三〇日朝の指導員の勤務表によると原告三名を含む一二名の指導員全員が三一日と一一月一日は出張と記入されていたが指導員予定交番表によると本来一〇月三〇日は原告飯田、同小川が晩出の添乗、原告池谷が非番、三一日は原告飯田、同小川が非番、原告池谷が代休、一一月一日は原告飯田、同池谷が晩出の添乗、原告小川が公休であつた。一〇月三〇日午前一一時三〇分頃沼津機関区運転科長和田計一から原告らに対し、出張を一日繰り上げ本日一五時から一六時迄に沼津市内海光館に全指導員が集合するよう指示があり、明け非番のため午前一一時二〇分頃帰宅した原告池谷に対しては午後一二時三〇分頃杉本指導助役から同様の指示があり、原告らは午後三時頃から四時頃迄の間に海光館に集合した。出張の名目は運転事故防止研究会であつたが静鉄管理局運転部機関車課指導係長坂野隆から動力車区関係事故情報という写しが集つた指導員に配布されただけで別に研究会は行なわれなかつた。
やがて運転部機関車課長西塚源一郎と沼津機関区長法月乙秋が来て西塚課長から争議行為に対する当局の態度等の説明と共に「国鉄当局はこの際重大な決意を以て臨む。指導員達も是非汽車は動かすという決意をしてもらいたい。」旨の要請があつた。
三〇日の晩は全指導員がそのまま海光館に宿泊し、翌三一日午後七時三〇分頃運転部長山川繁と法月区長が来り、争議行為には参加しないよう要望があつた。
同日午後八時三〇分頃坂野係長により出張命令は解除され、法月区長の指示で指導員全員は沼津駅横の沼津駐在運輸長室に移動することになつたが、その際全指導員から法月区長に対し指導担務解除願いが提出された。運輸長室に移動した後、午後一〇時頃国労と労動は争議行為に入り、被告当局から原告三名に対し、具体的に列車を指定した上これに乗務するようにとの業務命令があつたが原告三名はこれを拒否し、他の指導員も同様であつた。
一一月一日午前二時三〇分頃に至り、指導員は全員沼津市内の芙蓉荘に移動したが、午前八時三〇分頃争議行為中止を知り、当局の指示により午前一一時三〇分頃駐在運輸長室二階に戻り、解散命令を受けて帰宅した。その後静鉄管理局は一二名の指導員に対し調査を行ない、原告三名は一一月一〇日静鉄管理局運転部長室において西塚機関車課長の面接を受け、一二月六日一二名の指導員の内原告三名だけが前述のように指導担務を免ぜられたものである。
三、そして<証拠>によれば、法月区長は一〇月三一日午後八時三〇分頃出張命令が解除されると同時に指導員全員を予備勤務に指定したこと、業務命令が原告飯田に対して出されたのは三一日午後一〇時少し前頃に法月区長からであり、その余の原告に対しては一〇時少し過頃に和田科長からであつたことが認められ、<証拠判断省略>。
四、そこで次に被告において、原告三名の指導担務を免じたことが果して適法であつたかどうかを判断するに、その前提としてまず原告ら指導員の勤務形態から出発して出張命令、予備勤務の指定、前記業務命令の各適否について検討を加えることにする。
(一) 電気機関士、電車運転士が変形八時間制労働に服していることは原被告の主張からすれば当事者間に争いのないところであるが労働基準法(以下労基法という。)第三二条第二項によれば変形八時間制を採るには一日八時間又は一週四八時間を超えて労働させる特定の日又は特定の週を定めておくことを要し、就業規則作成義務のある使用者は就業規則において右の特定をなすべきであることについては右規定から明らかであり、労基法第八九条によれば被告が就業規則を作成すべき義務があるのは当然であるから被告が電気機関士、電車運転士について変形八時間労働をなさしめるには就業規則において右の特定がなされていなければならないことになる。
<証拠>によると被告の就業規則第一四条第一項には「職員の勤務時間は休憩時間を除いて一週間四八時間を基準とする。但し……列車乗務員、電気機関車乗務員、デイーゼル機関車乗務員……は四週間を平均して一日平均八時間とし、蒸気機関車乗務員、電車乗務員は四週間を平均して一日平均七時間三〇分を標準とする。」と規定されているが、右の者について就業規則自体において労基法第三二条第二項の特定がなされていないことは被告の認めるところであり、就業規則第一五条第一項と<証拠>によれば、右の特定は鉄道管理局長が右一四条に規定された時間を基準として作成した勤務割に委ねられていることが認められる。
ところで労基法第三二条第二項が就業規則において右の特定をなすことを要求している目的は、超過労働の日又は週を予め確定しておき、以て使用者の恣意を抑制し労働者の利益を守ることにあると考えられる。
そうであるとすれば就業規則において変形八時間制を採用する旨の原則が掲げられている限り、就業規則自体において右の特定が行なわれていなくとも、それに代わるべきものにおいて右の特定が行なわれ、それによつても前記目的の達成に支障がなく且つ企業の実情からして就業規則自体における特定を要求することが極めて困難と認められる場合においては就業規則自体において右特定が行なわれていないことを以て直ちに労基法三二条二項に違反するものというべきではあるまい。
これを本件についてみるに、国鉄においては前述のように就業規則第一四条第一項において変形八時間制を採ることが明記され、第一五条第一項において一日八時間又は一週四八時間を超えて労働する日又は週を特定する権限を鉄道管理局長に委ね、鉄道管理局長がこの権限に基づいて作成した勤務割において右の特定が行なわれているのであるから勤務割は少なくとも勤務時間に関する限り就業規則に代わるべきものと認められ、国鉄の如く複雑多岐にわたる企業において右の特定を就業規則において行なうことは極めて困難であると認められる上に、<証拠>からも窺われるように勤務割の制度は労働慣行として国鉄労使間に既に定着しており、右制度によつて使用者の恣意を抑制し労働者の利益を守るのに何等支障はないものと認められるから右のような特定の仕方は労基法第三二条第二項に違反するものではないと解すべきである。
そして<証拠>の日本国有鉄道職員勤務及び休暇規程(以下勤務時間規程という。)第五〇条の注によれば機関車、電車等の動力を運転操縦することを目的として動力車に乗務する者で乗務割の制によつて乗務するものを動力車乗務員といい、動力車乗務員の内、電気機関車、ディーゼル機関車乗務員については右規程第五一条により一日平均八時間、一週平均四八時間とされた勤務時間が<証拠>の「電気機関車乗務員の労働時間等短縮に関する暫定協定」によつて四週間を平均して一日平均七時間三〇分を標準とすると修正され、蒸気機関車、電車、気動車乗務員の勤務時間については右五一条によつて一日平均七時間三〇分、一週平均四五時間と定められているところ、<証拠>によれば指導員の勤務は添乗(指導を受ける動力車乗務員の乗務する機関車、電車等に乗り込んで操縦の技術指導をなすこと。)を主体にするものであるから直ちに勤務時間規程第五一条の適用を受けるものではないが、服務基準第五条第七条から明らかなように指導員の本来の職種は電車運転士、電気機関士であること、<証拠>、昭和三四年九月二二日職々第七四二号の示すように指導員には臨時の本乗務も予定されていること、指導員は右のように添乗を主体とする関係上、その勤務も指導を受ける動力車乗務員の勤務時間に合わせねばならない場合も生ずることからすれば指導員の勤務の実態は動力車乗務員に近いものということが出来る。してみれば、指導員の勤務時間に関し明文の規定がない場合には変形八時間制の適用を否定するよりはむしろ動力車乗務員の規定を類推適用する方が事の本質上妥当というべきである。
従つて指導員の勤務時間は一日平均七時間三〇分、一週平均四五時間を標準とする変形八時間であると解すべきであり、<証拠>によれば指導員の勤務は右にのべた勤務時間を基準として作成された勤務割である予定交番表によつて行なわれていることが認められるから先にのべたところにより労基法第三二条第二項の要求も充たしているというべきである。
(二) 原告三名に対し一〇月三〇日発せられた出張命令により、既に原告三名の予定交番表において定められていた一〇月三〇日、三一日、一一月一日の各勤務の内容が変更されたことは先にのべたとおりであり、勤務割である予定交番表を濫りに変更することは勤務割の性質上許されないところであるが、己むを得ない事情がある場合の変更までも許されないとは解し難い。被告が原告ら指導員を出張命令によつて海光館に集めたのは、<証拠>によると、翌三一日に予定された国労、動労の争議行為に際し列車運転の代替要員を確保するためであつたことが窺われるところ、後述のように国鉄における争議行為は禁止されているのであるから被告が争議行為に備え指導員を列車運転の代替要員として確保するのは当局側として当然の措置であり、そのために出張命令を発して勤務割の変更を行なつたのは已むを得ない事情によるものとして是認すべきである。
尤も原告池谷は一〇月三〇日が非番に当たつていたのであるから同人については三〇日に関する限り出張命令によつて休養時間が奪われる結果となるが、その場合でも同人は三〇日の出張を拒否し得るに止まり、三一日には命令に従つて出張すべきであるといわざるを得ない(原告飯田、同小川は三一日が非番に当たつていたがそれは三〇日の晩出の添乗に対し与えられるものであるから三〇日の晩出勤務が出張により取り消された以上、三一日に非番を与える必要はないから休養時間を奪つたことにはならない。)。
又原告池谷は一〇月三一日が代休、原告小川は一一月一日が公休であつたから出張命令により休日を奪う結果となれば問題であるが、労基法第三五条第二項によれば使用者は労働者に対し四週を通じて四日の休日を与えれば足りるのであり、<証拠>によれば原告池谷、同小川は一〇月に四日の、一一月に五日の公休が与えられているから労基法には何等違反するところはなく、休日の振替についても就業規則第一九条第二項に規定が存するから別に問題はない。
(三) 原告らを含む一二名の指導員に対し三一日午後八時三〇分頃法月区長から予備勤務の指定が行なわれたことは前認定のとおりであるところ、指導員は<証拠>からも明らかなように特に技術面人格面の優秀性ということから他の乗務員の技術指導を命ぜられているものであり、先にのべたところからすれば電気機関士、電車運転士という本来の職種は失つておらず、指導業務の性質上添乗勤務が主体となり、本乗務は行なわないことになつているにすぎないのである。
従つて必要があればこれに本乗務を命ずることは当然許されるのであり、本乗務を命ぜられた場合、その勤務内容は動力車乗務員と同一になるのであるからその間の勤務及び給与については職々第七四二号により「機関車乗務員及び電車運転士の勤務及び給与についての特別規程」(<証拠>、以下内達一号という。)が適用されるのである。そして予備勤務というものは本乗務をなす者の勤務形態の一つなのであるから指導員に本乗務させる事態の生ずることが予測される場合、先ず予備勤務の指定をなしておくことは何等差支えないのであり、右の指定をなしておけば八時間を超える労働の日を特定しておかなくとも労基法施行規則第二六条の二により労働者に対し八時間を超えて労働させることが出来るのである。尤も職々第七四二号によると予備勤務につく日の予備時間については原則として前日までに指定するものとするとあるところ、原告らに対する予備勤務の指定において右の原則が守られていないことは明らかであるが、それがため予備勤務の指定を無効ならしめるものとは解し難く、又内達一号第三条によると出勤予備の時待機する場所は勤務箇所となつているところ、原告らが予備勤務に指定されて待機していた場所は前述のように駐在運輸長室であつて原告らの勤務箇所である沼津機関区ではないが、右第三条から機関区長が出勤予備の待機場所を機関区外に定めることを違法とする趣旨は何等窺うことが出来ないばかりか、<証拠>によれば駐在運輸長室は沼津機関区に隣接する場所であるから、このような場所で待機することを命じたからといつて予備勤務指定の効力に何等影響を及ぼすものではないというべきである。
(四) 一〇月三一日午後一〇時前後に亘り原告三名に対し、指定された列車に乗務すべき旨の業務命令が発せられ、原告三名を含む指導員全員がこれを拒否したことは前述のとおりである。
ところで公共企業体等労働関係法第一七条第一項によれば被告国鉄のような公共企業体の職員は争議行為をなすことを禁止されているのであり、この規定が憲法第二八条に違反するものではないことは原告の引用する最高裁判所昭和四一年一〇月二六日の判例の明言するところである。
原告は国鉄の業務の実態には職員の争議行為を禁止しなければならない程の公共性、独占性は存しないと主張するが国鉄は私鉄のように限られた一地方の住民に対してのみ交通の利便を供しているのではなく、日本の隅々に至る迄全国民に旅行、運送の手段を提供している重要な交通機関であるから国鉄の業務の停廃が国民生活一般に及ぼす影響は私鉄とは比較にならない程大であるということが出来る。従つて少なくとも現段階においては国鉄職員の争議行為を禁止する十分な理由が存するものというべきである。
このように国鉄職員の争議行為が禁止され、しかもそのことが憲法に違反しないものである以上、国労、動労の行なつた本件争議行為は違法なものというべきであるから被告が原告らに発した業務命令は決してスト破りを強要する不法なものではなく、原告らは当然これに従うべき義務があつたのである。
原告は右業務命令が原告らを不法に監禁中に発せられたものとして無効であるとの主張をなすが、<証拠>に徴する時、当局側が指導員を駐在運輸長室に移した後において組合役員と指導員の面会を妨げた事実は認められるものの、指導員の行動の自由を奪つたと認めるに足りる証拠はないから監禁というのは当たらない。又<証拠>によると原告らに対する旅行命令書では一〇月三〇日午後一二時三〇分から翌三一日午後一二時三〇分迄しか出張を命じなかつた記載になつているが、<証拠>によれば、それは旅費請求の関係からであり、実際の出張命令は一一月一日正午迄であることが認められるから原告らを一〇月三一日午後一二時三〇分以降海光館に留めておいたことも何等原告主張のように監禁とはいえない。
五、以上のべたように被告の出張命令、予備勤務の指定、業務命令はいずれも適法なものであつたから進んで被告が原告らの指導担務を免ずるに至つた理由について判断する。
(一) <証拠>によれば、西塚機関車課長は先にのべたように本件争議行為に際し原告三名を含む一二名の指導員全員から担務解除願が提出され、同人らは列車に乗務することを命じた業務命令も拒否したので、指導員が今後も指導を続けて行く意欲を持つているかどうかについて真意を確かめる必要を感じ、一一月八日沼津機関区に赴いたが動労所属の指導員五名と面接出来ただけで国労所属の指導員は原告らを含めてすべて面接に応じなかつた。
そこで西塚課長は前述のよううに一一月一〇日原告三名を含む七名の指導員を静鉄管理局運転部長室に出頭させ、主として西田客貨車課長と共に面接をし、一人々々について反省を促し今後の決意を質したところ、原告三名は他の九名と異なり、業務命令を拒否したことにつき反省の色を示さず、今後も闘争時に際して本乗務の命令に従う意思はないことを明らかにした。
西塚課長は右面接内容の要旨を書面にまとめ、これに運転部総務課長高橋守雄、客貨車課長西田清二の連署を得た上、指導員の事情聴取と題する書面(乙第二号証)としてこれを運転部長に提出し、静鉄管理局において右書面を中心に協議の結果、原告三名については指導員としてふさわしくないと判断し、指導担務を免ずるに至つたものである。<証拠判断省略>
原告は、西塚課長の面接に際して反省の態度を示さず今後も闘争時には同様の行動をとると答えた者は原告三名のみでなく他の指導員も同様であつたこと、高橋総務課長は一一月一〇日の面接には参加した事実がないのに乙第二号証には参加したように記載されていることから乙第二号証の記載内容は事実に反し信用出来ない旨主張する。
然し右各証言並びに本人尋問の結果によつても西塚課長に対し証人高島は「国鉄はやめる意思はないが指導員はやめるといつた。」とのべ、原告飯田は「指導員はやめないと答えた。」とのべ、原告池谷は「解除願を出した時の心境であると答えた。」とのべ、証人大島は「課長が指導員として適任であるかどうかということを考えて貰いたいということ丈話した。」とのべているのであつて西塚課長に対する応答の内容はいずれも一致しない(にも拘らず証人大島が「あなたの印象ではほかの皆さんがあなたと違つたような趣旨のことを発言されていたというように聞いておりますか。」との問に対し「同じようなもんだつたわけです。」と答えているのは不可解である。)。
却つて乙第二号証によると例えば大島富男指導員については「心ならずもこういうことになつたが労使の力関係がさらに改善されれば村八分などもなくなり乗れる状勢も出来るだろう。自分としても努力する。指導の仕事はぜひ続けてやらせていただきたい。」とのべた旨記載されているところ、同人の証言では「私はそのあと話を終わりましたあとでとにかく今までもいろいろ私は局の指導会議とかそういうところで指導員の問題について当局に考えて欲しいということを申し上げてあつたし指導員という者が組合と当局の板ばさみになつていたということでその後の指導ということも考えて欲しいということを申し上げてあつたのでいろいろ話を伺いましたけれども、そういうことが解決できないといつたような状態の中で仕事そのものについて私はいやということでなく、そういう問題があるのでそういうことについて考えてくれなければ困りますということでもつて、もしそういう考え方について課長が指導員として適任であるかどうかということを考えてもらいたいということだけお話して私は帰りました。」とあり、この証言部分だけによれば、誠に歯切れの悪い表現ではあるものの、同人が面接時に原告主張のように反省もせず、今後闘争時には同様の行動をとる旨答えたという程、昂然たる態度を示したものとは受け取れず、右証言部分にはむしろその趣旨において、乙第二号証の記載と可成り近いものが感ぜられるのである。否、かように歯切れの悪い表現をとらざるを得なかつたことこそ大島指導員が実際は反省の態度を示したにも拘らずそれをそのまま証言出来ず、さりとて全面的に否定も出来ないという心理状態を示すものとさえ言い得るのである。尤も同人は右証言に続いて種々問答を交した後「その話の中であなたは自分がとつた行動について反省をするとかあるいは謝るというような表現で話をされたことがございますか」と問われて「別にありません。」と答え、更に「反省や謝つたりということはしていない。」と問われて「はい。」と答えているがかように質問されて反省したとか謝つたとか答えることは同人の立場として困難であろうから同人の証言については矢張り最初に示した部分に重点をおくべきである。
又高島勝夫指導員について乙第二号証には「指導員として責任を全うできなかつたことを申し訳けなく思つている。(指導員の経験が最も古く、責任を感じてか多くを語らず迷い悩んでいる言動であつた。もう少しおちつけば十分反省してくれると感じた。)」とあるところ、同人の証言では「私はこれからの闘争では組合の指示に従うと申しました。」「私たちは組合と当局との板ばさみになつている現状なので別に反省してもらうのは私たちじやないと申しました。」とあるので両者を対比すると大分距りがある。然し証人西塚源一郎の証言によると同人は高島指導員と新井指導員については再度意思確認のため高橋総務課長を差し向けているところ、高島がその後一一月二一日沼津機関区長室で高橋課長と会つたことは高島証言においても明らかであり、当局側の意向に沿うにせよ反するにせよ態度を明確にした者については再度の意思確認は不要であろうから高島について右のように再度意思確認が行なわれたということは同人が明確な態度をとつていなかつたことを示すものであり、とすれば乙第二号証の、迷い悩んでいたとの表現は当時の高島の態度として真実に近かつたものというべきである(因みに乙第二号証において新井指導員については「いろいろ注意を受けていながら本当に申し訳けないと思つている。指導員として再出発できるかどうかまだ申し上げるほど気持の整理がついていない。じつくり考えてみます(五三才の年令もあり、多くを語らず、頭を下げていたが真剣さがうかがえ再出発への希望がもてると感じた)」とあるので、これからすれば同人についても西塚課長が高島指導員と同様意思確認の必要を感じたとしても不自然ではない。)。
このようにみてくると乙第二号証の記載内容は原告の主張とは異なり十分信用出来るものというべきである。西塚課長はその証言において、面接の際記録をとつていなかつたことを認めているが、同人の証言によると乙第二号証の内容をまとめるについては西田、高橋両課長との協議を経ており、西田課長は前述のように一一月一〇日の面接には立ち会つていたのであるから記録をとつていなかつたことによつて乙第二号証の内容を不正確なものということは出来ない。
尤も乙第二号証に一一月一〇日における面接の聴取人として記載されている高橋課長について、証人大島富男の証言、原告飯田、池谷各本人尋問の結果によるとその面接参加の事実は否定されているが、仮に右証言並びに本人尋問のとおりであるとしても、それは先に説明したような観点からする乙第二号証の信憑性を動揺させるものではない。
又乙第二号証の体裁が原告主張のようなものであることは明らかであるがこの程度ではその内容を信用出来ない程粗雑なものとは評し得ない。
さて被告は先に認定したように原告三名が西塚課長との面接の際、業務命令を拒否したことについて反省の色を示さず、今後も闘争時における本乗務命令には従わない意思を明らかにしたのでこれを理由に原告三名の指導担務を免じたのであり、従つて原告主張のように決して原告らから提出された担務解除願を逆手にとつたものでもなければこれを提出したということだけから指導担務の意欲の有無を判断したものでもなく、又反省を求めたことは相手の人格を否定する行為でもない。そして国鉄において争議行為が禁止されている以上、被告が前記理由から原告三名の指導担務を免じたことは、冒頭に認定した指導員の職責に照らし、已むを得ない処置であつたというべきであり、担務を免ずるに至る迄の叙上認定の経緯からすれば、これを原告主張のように権利の濫用と断ずることはその根拠に乏しいものというべきである。
原告ら指導員は国鉄職員であると同時に組合員でもあるからこのことを思うとき、争議時に当局の業務命令に従うことを要求するならば、たとい争議行為そのものが違法の評価を受けるものであるにせよ、所謂板挾みの心境に苦しむことは否定出来ないところであるから業務命令を受ける指導者の苦衷は諒とすべきも、争議時に能う限り列車の運行に努力するのは国鉄当局の任務であるから乗務員の技術指導に当たる指導員として国鉄当局の任務に協力するのは当然のことであり、自己の信念からこれを拒むのであれば指導担務を免ぜられるとの不利益を受けるもこれに甘んずるほかはない。
なお原告三名が本件の業務命令に従わなかつたことを理由に三ケ月間減給一〇分の一の懲戒処分を受けたことは当事者間に争いがないが指導担務を免じたことと懲戒処分とは全く別個のことであるからこれを目して二重処分というのは当たらない。
六最後に原告の不当労働行為の抗弁について判断する。原告三名が指導担務を免ぜられるに至つたのは先に認定したところによれば争議時において被告の業務命令を拒否したことに端を発したものであるところ、国鉄においては争議行為は禁止され、従つて国鉄職員は争議時と雖も被告当局の業務命令に従うべき義務があることは先に説明したところから明らかであるから原告三名が本件の業務命令を拒否したことは労働組合の正当な行為とはいえず、してみれば本件においては労働組合法第七条第一号違反を論ずる余地はない。
更に同条第三号違反の点について考えるに、本号の場合に不当労働行為意思を必要とするかにつき争いはあるが、少なくとも本件のような態容の行為について、これを不当労働行為となすには不当労働行為意思の存在を必要とするものと解せざるを得ない。
然るに<証拠>によつても同原告が指導員の中で一番年長であり、原告三名が海光館や駐在運輸長室において多少積極的な発言をしたという事実が認められるに止まり、それ以上、原告三名が指導員の団結の中心であつたことを認むべき十分な証拠はないから被告が原告三名の処遇を手掛りに支配介入の挙に出づべき必然性は窺えず、況んや特に原告三名に対する差別的な処分を通じて国労と動労との団結を分断し或いは原告三名の属する国労内部の団結を切り崩すことを被告が狙つたという点については本件に顕れた全証拠によるも到底これを認めることは出来ない。従つて不当労働行為の抗弁は採用に由なく、原告が被告による不当労働行為の実例又は裏付として挙げる事実も仮にそれが認められたところでその事実から遡つて本件を不当労働行為と判断するのは困難である。
七、以上説示したところによれば被告が原告三名の指導担務を免じたことに違法不当の点はないから、これが無効であることを理由に、原告三名が指導員たる地位にあるとして右地位に基づく労働契約上の権利の確認を求める原告の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を各適用して主文のとおり判決する。
(福間佐昭 上田耕生 丹羽日出夫)